2012年1月31日火曜日

巨イワナ放流月間

秘蔵の巨イワナ群、2月は特別放流月間とし、今週末より始めます。最大級の個体は50㎝超、驚愕の、驚嘆の、3年魚、当池以外では絶対に拝めないイワナであります。通常イワナは2年魚になりますと成長曲線の下落が顕著になり、養殖池の生産性が落ちてきます。その為親魚候補以外は1年魚で出荷する事が経済上有利になってきます。1年で塩焼きサイズまで育ててさっさと売り飛ばす、これを毎年繰り返す事で生産性が上がり利益に貢献するという構図です。今回の3年魚、経済的な使命には答える事はかないませんでしたが、釣人の本望には十分答える事ができるはずです。釣り上げる事ができたお客様には、ネットの中のイワナに対しその当たりの労をねぎらっていただければ幸いです。ちなみに1尾の生産原価は、当所の5時間券相当と相成ります。

池水も安定し、放流効果も顕著で、冬季としては良好な状態にあります。本コラムの小生のネガティブな描写につきまして、聡明な諸兄におかれてはその行間をお読み取り頂きたくお願い申しあげます。

最近このコラムを書く事をためらいがちになっています。もともとこの作業に割く時間は30分程度と決めていましたが、読み古して自分の稚拙な文章に赤面してしまった事にあります。きっかけは、当池の事を記述した人様のブログを何とも無しに読んだ事にあります。その多くが子供の絵日記の様、脈絡に欠け抑揚のない文章に写真が貼り付けてあるだけ。この程度のものを周知せしめる方の見識が嘆かわしく思われ、ひるがえって小生のブログも賢者には笑止な拙文の印象を与えているであろうと恥じ入り、放流Menuを躊躇するようになったわけです。しかし更新されていないホームページは営業上好ましい事ではないため、無い頭を小突きながらでも書かざるを得ません。諸兄におかれては、所詮魚屋の書き記す事、中身の程はご容赦賜りたくお願い申し上げます。

2012年1月15日日曜日

「あっしにはかかわりのねえこって」

年末来の寒さで放流効果が顕著にならず、心労多き日々が続いております。放流作業中も、背後にお客様の無言のため息を感じる事もあります。当方といたしましては、原価を投入する事でその義務は果たした、その後の釣果はその時の気象やお客様の技量にゆだねられると申し上げたいのですが、なかなかそうも申し上げられない事の心労が蓄積されすぎた感があります。

そこで表題の事、渡世人である木枯し紋次郎の名せりふであります。翻訳家が英訳すると「It isn't my business.」とでもなるのでしょう。それであります、放流の後に釣れるか否か、それは小生にはかかわりのない事、小生の仕事ではない事、この事を皆様に明言しておく事で心の平安を取り戻そうと考えています。

その手法として、来週から木枯し紋次郎のいで立ちで放流する、いかがでしょうか。三度笠にかっぱをはおり、長いようじを咥えながら放流する。そのかっぱの背中には大きく表題のせりふが書いてある、ばかの上塗りは承知の上で。

2012年1月12日木曜日

中年は荒野をめざす(旅の宿から)

さらばウォルトンと言う事で、年末年始で疲弊した心身に平安を取り戻すため一人で旅に出ています。山形は赤倉温泉、なじみの旅館でありますが、何と昨日からこの冬一番の寒波、大地は白銀。出迎えたおカミのあきれ顔をよそに、小生は満面の笑み、平素とは違う別世界に身をゆだねる事が目的と息吹く。しかし関東平野で温められていた老体には酷な外気、館外は危険と判断、浴衣に紺色のドテラをひっかけ、手ぬぐいをぶら下げて風呂へ、芭蕉も立ち寄ったと言う名湯を浴びる、折りたたんだ手ぬぐいを頭に乗せて露天風呂へ、普段の無天風呂とは別物、オヤジの至福の時、しかし心中は早や夕食に有りと足早に部屋へ。

人一倍人間嫌いの小生は、旅館においては必ず部屋食と決めている。「お夕食は○×の間でご用意しております」なぞと合理化を隠ぺいした慇懃無礼な旅館には絶対に泊まらない。隣のヤツラが不快に感じるのであります。先附の前に煮物を食べるやつも気になるし、稚拙な内容の会話も耳触りだし、騒々しい子供がいる事もあるし、それを叱らない親なぞを見かけると血圧が高くなる。かくして今夜は一人で雪見酒、何も言わずとも好みのビールが添えてあるし、いい頃あいで熱燗が運ばれてくる、抜群のタイミングと言うより人嫌いの小生を仲居さん達は避けているのだろうと推測する。

酒が進み浴衣がだらしなくなって来るのと反比例して心身はフツフツと燃え上ってくる、細胞のヒダの隙間まで入り込んだ美酒は明日への活力を導いてくれるはず、希望多きはずの未来に乾杯をしなければいけない、今夜はここまで、さてフロントに電話、「熱いヤツもう一本」。